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004_INVISIBILITY
ESSAY, 2021
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不可視を可視化する建築 / T-House New Balance

_日本橋にたどり着いた蔵  

T-HOUSE New Balanceは、ニューバランスのプロジェクトの一環として、ブランドをより世界に発信することを目的に設立されたスペースで、スキーマ建築計画を主催する長坂常によって設計された建築である。この作品は、日本橋の中でも東京駅から最も遠い浜町というエリアにある。茶室が持つ、もてなしの空間から発想を得たことをきっかけに、埼玉県川越市にあった築122年の「蔵」を解体、部材を日本橋の現場に運び、組み立て直して新しい店舗の設えとして再利用することを試みている。

 

蔵は、建物ごとレールに乗せて移動する曳家という工法によって解体された。柱と梁、水平材が組まれたグリッド状態の壁面とフレーム状態を維持しつつ、瓦が剥がされた屋根という、4枚の外壁と屋根の計5つのパーツに分解され、日本橋の敷地へと移築されている。  道路に面する幅9m、高さ7.6mの白い壁が、この建築の象徴的なファサードを構成している。その中央には、蔵と同じサイズの両開き戸があり、そこがこの建築へとアクセスするエントランスとなっている。白く弾性タイル吹き付けが施されたALCの外壁でつくられた箱状の建物の内側に、地上2階建ての蔵が入れ子状になっている。間口10m、奥行き8.5mほどの四角い敷地の中に、敷地の輪郭をなぞるようにしてできたひと回り小さな白い箱。道路側から見て右奥の角が内側に削り取られ、小さな庭がある窪んだ平面をしている。敷地の右奥に位置するその場所は、螺旋階段と木々で構成されている。  

 

エントランスを抜けると、スニーカーやTシャツといった、ニューバランスの商品が目に飛び込んでくる。平面中央に販売・展示するストア兼ギャラリーがあり、その奥にフィッティングルームやキッチン、トイレなどのユーティリティが配置される。正面突き当たりの壁はガラス張りになっており、採光を確保しつつ、その奥に見える敷地東側の庭を眺められる構成だ。視線を上に向けると、かつて蔵の構造体であった黒ずんだ杉材の梁と白く塗装された耐火被覆の天井が視界に入ってくる。一方視線を落とすと、膝上ほどの高さの台が、壁際に沿って周囲を囲んでいる。よく見ると、それは基礎のようにも見える。その台には、スニーカーがずらりと並び、天面からは蔵の柱が天井まで伸びている。背後の白い壁と手前の杉材の柱が交互に現れることで作り出されるストライプが内部空間を包み込む。  

 

什器とそこに置かれる商品が空間を埋め尽くしているような単なるショップとは異なり、スニーカーなどをアート作品に見立てたインスタレーションが内部空間を構成している。例えば、大小様々な円形のオブジェクトを空間内に点在させたものがある。それらは足元から頭上まで、異なる高さに設置され、単なるオブジェクトとしてのものもあれば、スニーカーをディスプレイする直径2mを超える巨大なものまである。訪れた人は、円形のオブジェクトに乗る商品を見て回ることで、まるで惑星と惑星との間を旅する宇宙船のような体験をする。オブジェクト上のスニーカーは、惑星にそびえ立つ火山のようにも見える。

 

また、Tシャツなどのアパレル商品を展示するためのインスタレーションが行われたこともある。それは、アルミフレームや蛍光灯、コードといった工業的なマテリアルを用いて、商品をディスプレイする装置を作るというものだ。外観と同じプロポーションのアルミの構造体が内部空間の中央に置かれる。それは、4本の柱と、6本の水平材で組まれた、スケルトン状の簡易的な作りである。天面には、水平材の役割を兼ねながら9本のレールが架け渡され、そこに商品が固定された額縁のようなフレームがぶら下がっている。額縁状のフレームは、上部の水平材に2つのキャスターが、左右の垂直材に蛍光灯が、下部の水平材には電気を供給するケーブルがそれぞれ取り付けられたもので、レールと同じ枚数が用意されている。フレーム内の商品は、文字や記号を書くように不規則な形で折りたたまれており、9層に渡って重なり合うTシャツやパーカーが、まるで日本の襖絵のようにも見える。服の側面が手前に来るスリーブアウトで陳列されている一般的なショップと違い、このフレームは左右にスライド可能であり、あらゆる角度から商品を見ることができるという特性を持つ。壁面の柱にも蛍光灯が取り付けられ、空間内に連続性を作り出している。レールに吊り下げられ、蛍光灯の光によって照らされる商品は、ギャラリー内を浮遊する幽霊のようにも見える。

 

内部空間にむき出しとなっている蔵の構造体にこれらの装置を直接結びつけることで、空間とプロダクトという異なるスケールをシームレスに繋ぐことを試みている。雅楽や鹿威しから着想を得たテクノサウンドや光を放つ蛍光灯といった近未来的な要素と、T-HOUSEが持つ歴史を想起させる空間とが呼応する。  アーティストとのコラボレーションにより、ギャラリーとなり、ある時には本で埋め尽くされたブックストアへと姿を変化させることで、この場所は、ニューバランスのフラッグシップストアとなる。来訪者は、視覚や聴覚などの感覚器を用い、この空間を体験することができる。  

 

壁際のスチール階段を上る。階段を上ると、視界にはまずミーティングスペースが飛び込んでくる。円形テーブルを挟み込むように、手前と奥にベンチが置かれる。振り向くと、4名程が在中できる広さのオフィスが見え、その奥に吹き抜け越しに1階のギャラリーが見下ろせる。オフィスの頭上には、むき出しになった蔵の屋根フレームがかかり、床上2.4m、頭上を杉材が横切り、ミーティングスペースとの空間を緩やかに分節する。  

 

断面的に見ると、道路側に、1Fのギャラリーや店舗、2Fのオフィスといった、人が常駐する機能が配置される。道路とは反対側には、1Fのキッチンやフィッティングルーム、2Fのミーティングスペースといった、人の入れ替わりが多発する場所が配置されている。入れ子状の蔵は、道路側に寄せられており、道路とは反対側には、鉄骨フレームと蔵との隙間の空間がある、偏った断面構成を持つ。人が常駐する手前の空間は、かつての蔵に包み込まれる場所であり、人の滞在時間が短い奥側は、新設の空間が包み込んでいる。

 

また、博物館の展示物のような単なる移築と差別化するため、貫を活用した什器を導入し、蔵のフレームに機能を与えている。貫とは、柱と柱の間に掛け渡す水平材のことである。入れ子の内部において「蔵」は、建築と什器の中間的な存在として扱われている。  スニーカーのディスプレイ棚は、貫と同形状のMDF板を柱間に差込み、その上に、T字形の溶融亜鉛メッキ鋼板を取り付けることで現れる。他にも、あらゆる商品形状に対応したタイプが用意されている。例えば、間接照明を取り付けるレールとMDF合板が背合わせになったもの、コの字型のハンギングレールと合板が一体となっているものなどである。前者は、人の目線よりも高い位置にある穴に差し込まれ、商品やギャラリー内を照らし、空間を彩る。後者は、人の肩ほどの高さに差し込まれることで、コの字型の金属レールが、手前に向かって飛び出すような状態となる。すると、貫と人との間に、ハンガーの横幅ほどの距離が生まれ、そこがアパレル商品をディスプレイする場所へと変化する。かつて蔵の構造を支えていた柱には、大小様々な大きさの穴が空いている。この什器は、その中で最も大きい、縦15cm、横幅5cmほどの穴に差し込まれる。手順はとてもシンプルで、まず、片側の穴に差し込み、次に反対の穴に差し込む。断面サイズがひとまわり小さいがために、穴と貫との間に生まれる僅かな隙間には、小さな木片を差し込むことで安定させている。穴に対する加工は一切加えておらず、過去に作られた受けと新設されたパーツとが繋がる。  ​  

 

_3層構造の建築  

鉄骨で組まれた白い外壁が、川越から移築された蔵を包み込み、柱と什器が内部空間を構成している。第1のレイヤーとしての建築、第2のレイヤーとしての歴史ある空間の蔵、第3のレイヤーとしての什器、の三層構造でこの建築は成立している。これらのレイヤーは全てひと続きの関係にある。第1と第2は構造や形態として、第2と第3は構造体と什器という物理的な繋がりとして、である。よって、蔵は、構造体と内部空間や什器との間を取り持つ役割を果たしている。  

 

蔵を包み込む鉄骨のフレームは、基礎を介して日本橋の街と繋がる。蔵のシルエットをなぞるようにしてできた白い箱の外観は、街に対して蔵の形状を表出させながら街のランドマークとしての役割を果たす。地に足をつけ、関わりを持つ鉄骨フレームの内側に、蔵のフレームがぴったりと収まる。蔵の構造体は、平面的には単なる入れ子状となっており、一見それぞれの関係が分断されているかのように見える。しかし、断面のディテールに焦点を当てると、鉄骨フレームを支える基礎や梁、床を、蔵の構造体が貫通するように混ざり合うことで、溶け合うようにして一体となっていることが分かる。構造は鉄骨フレームが担っているにも関わらず、まるで蔵のフレームも共に構造を支えているかのような風貌である。また、スケルトン状の蔵は、内壁を持たないこの建築において、空間を分節するための役割を持つ。蔵の構造体から生えるようにして繋がりを持つ什器は、街や建築、さらには蔵が持つ歴史という、人と乖離したスケールのレイヤーと人とを結びつける。独立したそれぞれのレイヤーが、外部から内部にかけて、スケールダウンしながらそれぞれの関係性を築いているのが分かる。  ​  

 

_開かれた街の閉じた箱  

この建築は日本橋のグリッド状街区の中に位置している。日本橋は、銀座の北側、東京駅の東側に位置する。浜町エリアには、60m×20mほどの細長い区画が、長手方向軸を北西に傾けて整然と並んでいる。敷地の南側には、高速道路が走っており、さらに南にいくと隅田川が流れ、陸地と海岸の境界エリアに建っている。エリアの建築に共通しているのは、視覚的・空間的に開かれているものが多いということだ。街と接続している1階部分は、ガレージのように完全な外部として開放されている場所や、ガラス戸で仕切られ、開放すれば空間的に街路と繋がる構成の場所がほとんどである。  江戸時代に遡ると、街と接する1階部分には、衣・食・技をはじめとするあらゆるタイプの店が立ち並んでいた。幕府によって、商人や職人などの区別が弱くなり、同一職業集団が一挙に集中したことにより、同一地居住が成立した過去を持つ。そこでは、必要なものを手に入れるための取引や、商売そのものが起きていた。例えば、藍染や大工、鍛冶、左官、鉄砲などが挙げられ、あらゆるタイプの職人たちが集中していた。現在の大型百貨店の起源となった店も数多く、また、かつて様々な職人たちが集い、人同士の会話が絶えない町人地としての名残が、風景から読み取れる。  

 

開口部がほとんどなく、街との関係を分断するかのような巨大な壁が聳え、また、周囲には高層の建築が林立している都市的な環境の中で、蔵というスケール感が外観に表出している。街に対する閉じた箱という表の顔と、蔵が作り出す内部空間という裏の顔の対比の強さが、ブラックボックス感をより強めている。周辺環境の中で異質さを持つが、敷地のコンテクストという周辺環境を無視している訳ではない。なぜなら、建築自体が看板の役割を果たしているからだ。そこが何を提供する場所なのかを示す看板は、商売をする上で重要な役割を持つ。そのバリエーションは、文字の形状や色から、看板自体のフォルムや取り付けられている位置まで、多岐に渡るが、共通しているのは、ランドマークとしての役割を果たしている、ということだ。一目で分かる視認性という意味で、周囲の中で目立つT-HOUSEは、建築同士の関係ではなく、敷地に散りばめられたランドマークを周辺環境として読み込んでいる。  

 

埼玉県川越市に建てられた蔵と、東京都日本橋に構築された鉄骨造のフレームとで構成されているこの建築は、異なる地域の中で築き上げられた両者の特徴が融合している。それは、江戸時代に城下町として栄えていた、川越の蔵という“閉じた建築”と、下町を代表する日本橋に引き継がれる“開かれた建築”という、2つの対照的な特徴である。新旧の部材が混ざり、ひとつの建築が作られるのではなく、それぞれが独立した構造や物語を持った上で掛け合わされる。  かつては活気が溢れていたこのエリアは、現在はどちらかといえば閑静な住宅街のイメージが近い。人や車の往来といった活動が溢れている表通りに対して、日本橋の路地的な空間は静的な場所である。‘ 建築を周囲の空間的・時間的文脈に接続させる’ 近代以降の建築の作り方だとすれば、T-HOUSEは、それとは異なる新たな設計手法として位置付けられるのではないか。  ​  

_街と建築の層間構造  

こうしたいわば、開かれた街の中でT-HOUSEの第1レイヤーは、閉じた存在としての構えをつくる。  川越において閉じた存在だった蔵は、日本橋のT-HOUSEに生まれ変わると同時に、開かれた存在となった。対して、街や建築が開かれている特徴を持つ日本橋という街においてT-HOUSEは、その外観から、閉じた存在となっている。  移築や新旧の融合を経て、T-HOUSEが完成に至るまでに、建築の蔵と日本橋の街という閉と開、それぞれの特徴の反転が生じている。最終的に、街、建物、内部空間という3つの層は、開、閉、開となり、レイヤー同士の関係もストライプとなっているのだ。それに加え、完全に分解されることなく移動してきた蔵の要素が、現代建築と融合することにより、キメラ的な再生を果たしている。建物のみならず、街との間に生まれる関係性もまた、層間構造であるのだ。    

 

_転用の先に生まれる新旧混成の空間  

建築は本来、物理的に動くものではない。しかし、このT-HOUSEのように部材単位まで分解し、‘ キメラ的な解体と移動 ‘を考えて、状態を変化させることで、移動が可能になるものでもある。そして、かつての蔵を建築の要素として転用することも新しい試みである。山から旅をしてきた材木とは、異なるバックボーンを持つ部材によって作られる空間。それこそが新しく、この建築で最も重要な要素である。  完成という‘ゴール地点’を時間軸上で移動させることをリノベーション、完成という‘ゴール地点’が永久的に移動しないことを保存、などと仮に定義すると、完成というゴール地点が時間軸上で複雑に混ざり合うことがT-HOUSEにおける建築操作なのではないかと考える。

 

作品としての建築が迎えるゴールの位置関係によっても、このT-HOUSEの異質さが分かる。博物館などに'保存’されているもののように、古さを新しさによって延命させているのではなく、古さと新しさの中間地点のような、どちらでもありどちらでもない状態を目指しているのだと考える。  現実世界を生きている我々にとって、時間を視覚的に捉えることは難しい。しかし、モノに刻まれた傷や劣化などの状態から、蓄積された時間を想像することはできる。T-HOUSEでの試みは、本来目で見ることができない時間を可視化していることだと捉えられる。  建築が持つ3層のレイヤー、街と建築との間にある層間構造、過去と現在という異なる時間といったように、あらゆる‘層’が重なってできていることを、これまで語ってきた。薄くスライスされた層を重ねることで交じる時間は、リノベーションのような、古いものを新しく改変することではない、古いものと新しいものが入り混じる不思議な空間をもたらす。材料の転用によって生まれた新旧が混成する空間は、今後、新たな風景を作り出すツールになり得るはずだ。  

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​不可視を可視化する建築

エッセイ

ある建築にまつわる論考。 建築批評という課題に対する最終成果物の論考であり、長坂常/Schemata ArchitectsによるT-House New Balanceについて取り上げている。埼玉にあった蔵を日本橋まで移築することで、新築でもリノベーションでもない特異な建築が立ち現れたことについて、蔵が持つ時間の蓄積という不可視性に着目している。

 

以下課題文

建築批評 建築批評の演習を通して、建築や設計にまつわる批評の言葉を与える。 建築はひとりでつくることは出来ない、協同の創作である。使用者がいて、施工者たちがいて、建築家がいる。その意味において建築とは「私の」作品ではなく「私たち」の作品である。そのため建築家は自分の意図を多くの協同者に伝えなければならない。また建築は単に一個の作品として独立して存在するわけでではなく、必ず敷地があり周辺の環境のなかに息づく。したがって建築家は常にその周辺環境を読み取り、言葉に置き換えてゆく必要がある。 すぐれた創造は、建築家に限らずその仕事のなかに過去の作品や時代に対する批評を含んでいる。デザインのみならず、構造、技術、予算、施工、あらゆる問題に対して、創造は批評精神から生まれる。したがって、批評のレッスンは設計行為に反映されることになることから、建築設計演習として建築批評の言葉を考える。

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文章の条件

・高校生、大学1年生でもわかる言葉で書く。

・起承転結など、文章の構成を意識する。

・図版は一切用いず、文章のみで表現する。

・課題に対して文章がかけなかった場合は、なぜ書けなかったのか、その理由を書いてきてもよい。

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