026_SOMEWHERE IN YOKOHAMA
TEXT, 2024
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東急東横線に揺られて横浜のとある住宅街へ。駅を出て、険しめな坂道を登り切ると、鳥の声や車の音、木々が風で揺れる音で満たされた敷地内の一角にmtkaの自邸兼事務所が見えてくる。
どっちつかずな状態
mtkaの作品で住宅を訪れたのは初めてだった。小山登美夫ギャラリー、Fergus MaCafferyに次ぐ3つ目だったのだけれど、そこで感じたものとは違う空気感があった。ギャラリーと住宅というビルディングタイプの違いということでだけではなく、見えることと見えないこと、開くことと閉じること、古いものと新しいものといったどっちつかずな状態を内包し、人が暮らすということを前提でつくられた空間がそう思わせたのではないかと思う。
見えることと見えないこと / 閉じることと開くこと
オーバーホールインヨコハマと名付けられたこの空間は、1970年代に設計されたヴィンテージマンションの一角にある。 まず、玄関をくぐって感じたのは、部屋のどこにいても視線の抜けが感じられて、’部屋感’がないなということだった。どこにいても外の緑が感じられたり、隣室から光が漏れていたり、どことなく誰かの存在が感じられる距離感が成立する空間だった。一方で、ある部屋にいる時、別の部屋にいる他者の存在を忘れかけるということも起きていた。それが閉じた箱の中で暮らすことになりがちなマンション内で、他者との距離感を保つことにもなっていた。それは廊下を介して部屋にアクセスするという竣工当時の平面形式から、部屋同士を少しづつズラした配置に変えたことが可能にしているなと図面と実空間を見ながら思った。全ての部屋に庭(マンションが持つ庭園や、門型の開口の先に続く部屋、OUTROOM 2から遠くに見える富士山など)を隣接させ、無限遠に広がるような空間性を持っているのがこの作品の大きな特徴なのかなと思う。 OUTROOM 2とLIVING 1に描かれた九間の正方形や、CLOSET, ATELIER, LIVING 2のリノリウム床によって浮かび上がる矩形など、図面で見えることと実空間では見えないことの対比も設計的な遊び心が感じられてかなり良かった。 そういった意味で、閉じて見えないようにすることと、開いて見えるようにすることにおける物理的・心理的な距離感のベクトルを組み合わせて出来上がった空間なのでは、という個人的な見解。また、これは元々らしいが、反射ガラスが外からの視線をカットしていることも、生活を’見えないこと’に分類していて元々のマンションが持つポテンシャルの高さも窺えた。
新しいものと古いもの
新しいものと古いものが共存するリノベーション特有の空間性もまた、どっちつかずな状態を物語っていた。ただ、どこまでが新たに手を加えたもので、どこまでが古いものがそのまま引き継がれているのかが一見分からなくなっていたのが印象的だった。竣工時から残り続けているレンガの外壁、サッシ枠、共用部は古さを感じさせず、新たに用意されたサイザルの床、リビング 1のふかふかの絨毯、クローゼット壁面の壁は新しさを主張していない印象があって、それはつまり新しいものと古いものの間にある時間軸上のギャップを近づける作業を経ているのではないかと思った。新しいものは当時の姿に寄せていき、古いものは現代に馴染むようメンテナンスを施す。そうした素材の扱いによる一つの設計手法を垣間見た。
反転と重複
ダイニングテーブルとチェア、その下に敷かれたラグという構成がすぐ隣にもスケールダウンして反復されていたのが面白かった。娘さんのためのスペースかと思われるが、そのことに気づいた瞬間、LIVING 1とROOM 1とを繋ぐ開口の下端と小さなピアノの高さがリンクして見えたり、テーブルセットの背後にあるベンチとクローゼットがデスクに見えたりしはじめて、手法としてよくあるスケールの横断的な設計に、僭越ながら嘘臭さがない印象があってかなり良かった。
おわりに
断面方向に雁行させて計画された各棟の谷を進むようにして駅へと向かう道中、その広大な敷地に驚いた。同じような風景のなかで自分たちの居場所を指し示す表札や住棟番号の看板、そこにたどり着くための階段や自転車のため?のスロープなど、普遍的なものがかなり丁寧に設計されていて、冒頭でも触れたヴィンテージマンションとしてのポテンシャルの高さと全貌が最後に理解できた。
P.S. 帰りに寄った渋谷駅は相変わらず工事をしていた。電車を待ちながら躯体剥き出しの風景をいつものように見ていたら、躯体と仮説材と一時的なホームの床と天井とが混ざり合って渋谷駅を成立をさせているチグハグな感じが、オーバーホールインヨコハマでみた古いものと新しいものの境界がぼやけていく感じとどことなくリンクした部分があって、今回訪れた空間が自分にとってかなり影響が大きかったんだなと感じた。
横浜某所
テキスト
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